自己紹介は定期的にやりかえよう!!なぜなら、人生は継ぎ足し継ぎ足しだから。

改めて自己紹介

こんにちは、ツナグ工房の白飯社長こと中村雄太です。先日より、参加してます大阪ブログ塾にて、他の参加されている方にも知ってもらうように、又、最近お会いした方にも知って頂きたく、改めて自己紹介をしたいと思います。

大阪生まれ、大阪育ち。

昭和55年5月19日生まれ(1980年生まれ)の今年38歳。松坂世代です^_^中小企業の町、東大阪出身です。三人兄弟の次男坊でB型。2つ年上の兄貴はコツコツ努力型。2つ年下の弟は、どちらかというと天才肌。そして当の私はコツコツ努力型でもなく、天才肌という訳でもなく、考えて動くというより思いつきや感覚で動くタイプ。そして、熱しやすく冷めやすい典型的なB型。
小学生の頃は、ソフトボールとミニバスをやっていました。勉強していた記憶はゼロです。ソフトボールではキャプテン。ミニバスでは、副キャプテン。一学年6クラスあり総児童数1500人の東大阪イチのマンモス校。小学生時代はスポーツで優秀な成績を納めたなどは特段なく、平凡な小学生生活でした。しかし、6年生の夏休みに見た高校野球は今でも目に焼き付いています。

野球にハマった中学校生活

そして、中学に入り迷う事なく野球部へ。入学当初から僕たちの学年は、実力者が揃っており期待されている世代でした。その期待通りに2年秋から始まる大会では優秀な成績をおさめ、大阪でも3位になりましたが、元々、個性の強い学年でその結果に満足し、タバコがバレて、活動停止。顧問の先生が多忙で中々練習に顔を出せないのをいい事に、練習もロクにせず最後の大会は1回戦負けという残念な結果に終わりました。

大金を掴んでしまった高校生活

中学野球引退後、このままではヤンキー校しかいけないと自覚していた私は、恐らく人生で一番勉強したといってもいいくらい、何かに取り憑かれたかのように、又、親からも「お前、東大行くきか?」と言われるほど勉強しました。そして第1希望の高校に合格(偏差値46くらいでしたけど。。。)そして、もちろん部活は野球部へ。ある程度、自分の野球の実力は理解していて、これ以上やっても、プロになれるわけでもなく、甲子園にいけるわけでもないのでと、ふと思ってから、それまで大好きだった野球に対しての熱は冷め退部。アルバイトの道へ。毎月10万以上の給料は高校生の私には魅力で、服買ったり遊びで使ったりとほぼ使い切っておりました。学校の成績もどんどん下がり、39名中38番とか39番をウロウロしておりました。

子供のまま社会へ

いい加減な3年間は、僕をダメ人間にするには十分な時間でした。受験勉強したくない。就職したくない。ある日親に質問されました。「お前、いつもウロウロしてるけど、何がしたいねん。」「俺、社長なって仕事もせんと楽がしたい」と言った瞬間に、親からその辺にある物を掴んで、殴る蹴るの暴行を受けた事は今でも忘れはしません。といっても、高校時代からしていたバイトはそのまま続けていて社員にならないか?とは言われていたのを誇示していましたが、20歳になる直前にそのまま就職。21歳で店長になりましたが、23歳で退職。その後、食品メーカーのルート営業をしましたが、ふりかけのコンペでたまたま全国1位になり表彰されましたが、自分の中でそこで満足してしまいその後退職。24歳の頃に結婚しましたが28歳で離婚。そして建築会社に5年ほど勤め退職。31歳でした建築会社を辞めてから、1年ほどアルバイトで、駅のコンコースや商業施設のイベントスペースに短期間の催事でパンを販売しておりました。一つのイベントが終わるたびに1週間ほどの休みもあり、歩合制で多い時で50万ほど月に稼げる時もあったので、このままこの仕事をしようかなと思ってました。なんの保証もないのに。


(20歳の頃のわたし。)

180度変わった仕事への考え方

そんな折、見るに見かねた当時介護事業所を経営していた親に声をかけられて就職。介護の現場というよりも高齢者住宅の入居営業。営業経験はそれなりにあったので、自信はあったのですが、モノと人とは全く別。安いからいいとかそんな問題ではなく、働いている従業員や会社の雰囲気などすべてを見られること。営業対象は、介護を必要としている方の息子さんや娘さん。大事な親を預けるわけなので、そんな事は当たり前なのですが、中々理解ができず。しかしそんな私に涙を流しながら「中村さんのおかげで、本当に安心することができました。ありがとうございます。ありがとうございます。」と言って頂いた時に、仕事がうまくいった事が嬉しかったのではなく、ただその方々が喜んでくれた事が一番の自分の喜びでした。仕事してお金もらって、挙句にお客さんから、ありがとうと言って喜んでもらえる。正直不思議な感覚でした。それからは、せっかく喜んで下さった家族さんにもっと喜んでもらいたい。そう考えるようになりました。

就労継続支援A型事業所ツナグ工房の誕生

そして、そんな思いを持ったまま立ち上げたのが「就労継続支援A型事業所 ツナグ工房」です。障がいが理由により能力は高くても、一般企業に勤める事を躊躇している方を対象に雇用契約を結び、働く環境を提供する場所。今は、ハンドメイド雑貨を作ったり販売したりとしています。一方的に提供するのではなく、一緒に成長して歩んでいき、『社会に貢献できる人材』の育成ができたらと思っております。そして、フリーター時代に考えていた『社長になって、楽になりたい』というバカな夢は、はかなく散っています。社長になったからいうて楽になれる訳やないで!!と過去の自分に強く言いたい。だけど、楽はできないけど、まんざらではないよ!むしろ、楽しく仕事をしているよ!と伝えたいなと思っております。

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白飯社長(しろめししゃちょう)

白飯社長(しろめししゃちょう)

河内永和駅より徒歩5分。東大阪市高井田にあるツナグ工房の白飯社長こと中村雄太と申します。オリジナルブランド「tsunaglee(ツナグリー)」を立上げアクセサリーや小物などの製作、販売をしております。今秋にはkissa&zakka 「ツナグ茶房(ツナグさぼう)」をオープン予定。