白飯社長物語 vol.1 誰が興味あんねんの巻。

白飯社長とはどんなやつ???

以前のアメブロでも行ってましたが、この度こちらのサイトに引っ越しましたので改めて自己紹介を行いたいと思います。と共に、生まれてからの事ではなく、福祉の仕事に着いてから見てきたこと、感じてきたこと。そんなことを書いていきたいなと思っております。と言っても白飯社長が何歳かなどは最初に記しておきますね!!

名前  中村 雄太(ナカムラ ユウタ) 生年月日  1980年5月19日生  まだ30代っす💦45歳くらいにみられますが、30代です!!

高校卒業してからのわたしには夢も希望もなかった。

高校は普通科を出て、自分探しをするために、1年間世界を旅したってこともなく、働くのも嫌。勉強もいや。ということで、フリーターしました。まあ、将来の夢とかもたいしてなく。バイト三昧でしたね。そして!当時バイトしていたところに、そのまま就職して4年で辞めて、営業の道へ。ある食品メーカーに派遣として勤務。当時、全国の営業マンの中で、新商品のふりかけを日本一売上げたことは、喜びもあったのですが店舗の方たちが売ってくださったためあまり実感がなかったと言うのが正直な感想でした。そして、そんなモヤモヤした状態もあり、一からお客さんを獲得する新規営業の道へと建築資材会社へ就職。日々、飛び込み訪問をし自社製品の提案を行いました。担当者が不在、今は忙しいと言われたり飛び込み営業は非効率だなと思うこともしばしば。その時も、自社の商品が売れたらそれでいい。特段お客さんが喜んでくれたらなどを思うこともなく、自分の成績を第一に考えることしかしませんでした。

福祉という未知の世界へ足を踏み込んだ結果、考え方が変わったこと。

福祉】ふくし
しあわせ。幸福。特に、(公的扶助による)生活の安定や充足。また、人々の幸福で安定した生活を公的に達成しようとすること
というように、福祉関連の仕事に就きました。福祉といっても高齢者介護と障がい福祉と大きく分けて二つあります。当時、わたしは親が高齢者向けの老人ホームを運営していたこともありそちらで働かせていただきました。主に、老人ホームへの入居営業。在宅の生活では中々難しく、又家族さんも日中仕事などで24時間一緒にいることが難しくわたしの元に相談がきた段階では、ご本人及びその周りのご家族さんまでも疲弊していることが多く、色々話をしたり聞いたりしていくうちに、涙を流される方も本当に多かったのが印象的でした。やっと介護から解放される喜びの涙というよりも、結局、大事な親に何もできなかった。それが申し訳ない。そんな気持ちが一杯詰まった涙だったと思います。そして、最後に深々と頭を下げ「中村さんのおかげです。ありがとうございます。」と言って頂けること。それが、今まで物売りしかしてこなかった私にとっては、本当に嬉しかったのを覚えております。それと同時に、これからが始まりで、本当に責任ある仕事だと思ったこと。それが介護なんだと思いました。
<次回へ続く>

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白飯社長(しろめししゃちょう)

白飯社長(しろめししゃちょう)

河内永和駅より徒歩5分。東大阪市高井田にあるツナグ工房の白飯社長こと中村雄太と申します。オリジナルブランド「tsunaglee(ツナグリー)」を立上げアクセサリーや小物などの製作、販売をしております。今秋にはkissa&zakka 「ツナグ茶房(ツナグさぼう)」をオープン予定。